鶴嶺東コミュニティセンターの和室
2020年の東京オリンピックまであと2年を切りました。
多くの外国人の方が日本を訪れることでしょう。
藤沢市にある江の島でもセーリング競技が行われ、世界中の人々が藤沢や茅ヶ崎などにもお越しになることでしょう。
選手はもちろん、大会関係者、選手の応援の家族はもとより、観光も併せて日本を訪れる方も少なくないはずです。
そんな外国人の方にとって、和室、畳の文化は新鮮なはずです。
日本の伝統的なお茶でのおもてなし、「茶道」も外国人にとっては素晴らしい体験になるはずです。
さて、その茶道の心得として「畳の縁を踏んではいけない」ということをご存知ですか?
なんとなく知っているけどという方も、それがなぜだかご存知でしょうか?
そもそも茶道というものは奈良時代から平安時代に掛けて遣唐使や留学僧によって大陸から伝えられたもので、当時の僧侶や貴族の間で流行し始めました。
その後、鎌倉時代には栄西が宋に渡って禅宗を学び新しい仏教の宗派、臨済宗を起こしました。
栄西は、宋の禅院で飲茶が盛んに行われていることを知り、日本に帰って「喫茶養生記」を著し、お茶の効能を説きました。
当時の将軍、源実朝に深酒の癖があることから、将軍にお茶が良薬であるとしてこの「喫茶養生記」を献上したと言われています。
やがて茶の湯は貴族や僧侶ばかりではなく武家社会にも深く浸透し、戦国時代には、誰でも知っている千利休が「茶の湯」を確立し秀吉にも寵愛され、やがて権力と財力を持ちすぎたためか、切腹させられるほどの影響力も持ちました。
そして、この「茶の湯」とともに茶室、そして畳が広く普及し始めるのです。
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